スリランカ行2

月曜日
朝ホテルで朝食をとっているとき、となりのテーブルにいたベトナム人とおしゃべりしました。彼はベトナム生まれのアメリカ育ちで、今はシンガポールに住みながら、スリランカを仕事でたびたび訪れます。彼はホームページ製作の請負業をしていて、80人ほどのスリランカ人を雇っているそうです。彼いわく、「スリランカ人は勤勉で、仕事をおぼえるために進んで残業する」。この国では、男性も女性も、識字率が90%を越えると、飛行機の中で読んだことを思い出しながら、感心しました。

コロンボ市内にある政府観光局に立ち寄り、旅行の情報を集め、近くの本屋で遺跡に関する本を入手した後に、市内バスに乗りました。

コロンボ市内には、政府のバスと、民間バスが走っています。友人によると、民間のバス会社は数が多く、互いの競争が激しいためか、バスは乱暴なまでに急いで走ります。バスはインド製のTATAという車種で、乗用車に横腹をぶつけてくることもあるそうです。まるで暴れゾウです。

バスには運転手の他に、乗務員がいます。私が乗ったバスには、若い男性の乗務員がいて、乗客の行き先を聞きながら料金を集め、バスの前後にあるドアを通じて、バスの内外を走り回りながら、「××行きだよ、乗った乗った乗ったー!」のような感じで、道を歩く人に盛んに声をかけていました。

友人は、乗降車の際にバスがきちんと止まらず、乗客は動いているバスから飛び降りたり、バスに飛び乗ったりすると言っていました。しかし、子供や老人が乗り降りするときは、乗務員が見ていて、必要に応じて運転手に合図をして、バスを静止させていました。

6円の運賃を払い、40分ほどバスに乗って、私が降りたのは、コロンボから12キロ離れた、マウント・ラヴィニヤという古いリゾートです。岬から海に向かってせり出すように白いコロニアル風のマウント・ラヴィニヤ・ホテルが建っており、インド洋を眼前に、プールがあります。海岸線沿いには、遠くにコロンボの町を望めます。入場料の400円を払って、プールで泳いだり、プールサイドで食事や読書をしたりして、のんびり過ごしました。

夕方になって、従業員の「雨が来る」という言葉をきっかけに、私はホテルを出て、鉄道の駅に向かいました。電車に乗ってまもなく、大雨が降り出しました。1年前は、この路線も津波の被害に遭い、乗客は電車ごと押し流され、湿地帯に沈んだそうです。

電車の一緒の席に座ったスリランカ人たちは、初めて会う同士なのに、膝や肩を叩き合いながら談笑します。「ここ、ここ、ここに座れよ。今日は何の買い物?DVD?どれどれ?」と勝手に、他人の買い物袋を開けています。ビニール袋の中には、むき出しの洋画DVD。明らかに海賊版です。コロンボまでの運賃は7円でした。

夜は友人宅に、食事に招かれました。友人の通いのメイドさんが、たくさんのカレーを作ってくれました。スリランカのお米は、あっさり軽い口ざわりでお腹にもたれないせいか、いくらでも食べられるような気がしました。

火曜日
朝から長距離バスに乗って、内陸のアヌラーダプラという町に向かいました。アヌラーダプラには、紀元前500年から10世紀まで続いた、スリランカ最古の王国があったそうです。ここと、ポロンナルワと、キャンディという3つの町の間の地域には、歴史的な遺跡が多く、文化三角地帯と呼ばれています。この地域を回った後に、コロンボへ戻り、そこからさらに南下して、ビーチに行こうと思っていました。

ところが、バスの移動は思っていた以上に時間がかかりました。高速道路がないため、バスは下道を延々と走るのです。また、バスの乗務員は、バスが信号や渋滞で止まるたびに、ドアを開けて、通行人に乗車を呼びかけます。長距離バスでありながら、各地域のローカルバスの役目も果たしている点には感心しますが、時間も余計にかかります。

5時間かけてアヌラーダプラに着き、宿を決めて荷物を下ろしたのが15:00。自転車を借りて、やたらと広い(5km×2km)遺跡群に向かうと、客がいなくてひもじい土産売りの他は、ほとんど誰もいません。勘にまかせて走っていたら、すっかり迷ってしまい、近所の子供たちに道を聞いたり、一緒にお茶を飲んだりしながら、あるいは野良犬に追いかけられながら、日がくれる頃に、宿にたどりつきました。

遺跡をじっくりと鑑賞はできませんでしたが、自転車を走らせながら、ダーガバと呼ばれる仏塔を多く目にしました。そのうち、私がゆっくりと見ることのできた、ジェータワナ・ラーマヤという仏塔は、原型は高さが120メートルもあったそうです。また、道に迷って、湖のほとりをしばらく走りましたが、この湖は、大昔に造られた貯水池だったと後で知りました。湖は大きく、向こう岸の仏塔が、数cmに見えるほどでした。大した文明力です。もっと観光客で賑わっても良さそうなものです。

宿のレストランで夕食をとりながら、どうやらこのままだとビーチに行く時間はない、と計画を考え直していたときに、同じ宿に泊まっていた、フィリピン人青年と知り合いました。ビール瓶を片手に、私のテーブルに着くと、彼はこう言いました。「ぼくには車がある。ドライバー付きの。どう?この先、一緒に行かない?」

つづく
[PR]
by sunaogoto | 2005-12-23 00:42