スリランカ行5

金曜日
キャンディを出て、ヌワラエリヤという紅茶畑が広がる山岳地帯に向かいました。

ヌワラエリヤへの山道は、これまでの乾燥した強い陽ざしと一転して、霧雨に包まれています。せまいくねくねした上り坂は、閑散としていて、舗装工事の人夫の他は、ほとんど人影がありません。

山道を登りきったあたりにある、紅茶工場を見学しました。あたりは一面、紅茶畑が広がります。霧がたちこめる山奥は、紅茶を育てる環境として最適だそうです。見学した後に、無料で飲ませてもらった紅茶は、BOP(ブロークン・オレンジ・ペコー)という最高級品だそうです。美味でした。

紅茶の若葉(「ペコー」といいます)はすべて手で摘まれ、摘み手の多くは、スリランカの少数派であるタミル人、その中でもイギリス人によってインドからつれてこられた、インド・タミル人と呼ばれる人たちが多いそうです。インド・タミル人は、過去のいきさつから、今でも国籍が与えられないという問題を抱える上に、社会的地位や収入の面で、スリランカの最下層に位置するようです。

紅茶畑の中に、ぽつりぽつりと、おそらくは摘み手の人たちの住居なのでしょう、文字通りの掘っ立て小屋が見えます。コロンボや、インドのデリーの鉄道脇のスラムと同じくらい、みすぼらしい小屋でした。

紅茶工場や、道路工事の仕事につけなければ、きっと仕事などまったくないでしょう。道路脇では、新鮮そうな野菜を売るスタンドがところどころありますが、一体誰が買うのかと思うほど、人影がありません。霧が立ち込める山奥は、世界に誇るセイロン紅茶の産地としては最適ですが、野菜売りたちはたいへん寒そうでした。

スリランカで子供のこじきに会ったのは、ここだけでした。お金の意味などわかりそうにない小さな子供たちが、「ギブミー・マネー、プリーズ、プリーズ!」と駆け寄ってくるのです。大人も同様です。彼らには、観光客をカモにするだけの余裕も知恵もありません。本当の貧者とは、祈ったり、他者に頼ったりする他、生きる道のない存在だと知りました。

紅茶の山を降りて、ヌワラエリヤの町に宿をとりました。昔はイギリス人の知事のお屋敷だったらしく、派手ではありませんが、内装や調度品はしっかりしています。町を歩くと、毛糸の帽子やマフラーで厚着をした人が多く、お店には冬服が並んでいました。

宿のがらんとしたダイニングルームで、アントンが衝撃の告白をしてくれました。「いやー、(運転手の)アトラの英語って、ぼくは30%くらいしか聞き取れないんだよね」、「ええっ?だってアントンは、アトラと会話がはずんでいるじゃない」、「理解できたフリをしているだけ。ほとんどわからなくって・・・。ひとりだと間がもたなくって困ってたんだ。だからといって、今になって(いつもアントンが座っている助手席から)後ろの席に動くのも妙な気がして・・・」。

人の好いアントン、かわいそうなアントン。私は大笑いするとともに、自分の便乗が、アントンの旅に少しは貢献していることがわかって、ほっとして、ますます大笑いしてしまいました。
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by sunaogoto | 2006-01-10 21:49