スリランカ行8

火曜日と水曜日(帰国)
アントンとヒッカドゥアで別れて、コロンボへ向かうために電車の駅に向かいました。

コロンボ行きの電車が、予定の1時間遅れで到着するのを待つ間、サリームという中年男性と出会いました。サリームはドイツ人観光客相手のツアーコンダクターでしたが、1年前の津波の際に痛めた右ひざが治らず、今は松葉杖をついて、駅に到着する観光客の客引きをしています。収入は、紹介先のホテルから受け取る、宿泊料の10%。金額にすると、1人の紹介客あたり、150~200円です。ドイツ語や英語などの外国語が堪能なのに、仕事がないのです。娘が3人(18歳、16歳、14歳)と息子1人(8歳)を育てるのは、大変だと言っていました。治療がずさんだったせいか、サリームの右ひざは、左ひざの2、3倍程度に膨れ上がったままでした。

津波の被害の残る沿岸部を約3時間かけて、電車がコロンボに到着する頃は、夕立が激しく降っていました。私は駅で、スリーウィーラーをつかまえ、ヒルトンホテルに入りました。コロンボにいる友人のすすめで、予約しておいたのです。

スリーウィーラーはヒルトンにふさわしくないらしく、ホテルの正面玄関に立つドアマンは、ドアを開けてさえくれません。が、レセプションで名前を告げると、手の平を返したように扱いがていねいになりました。他の部屋に空きがなく、エグゼクティブフロアを予約してあったせいでしょう。

ホテル、そして部屋の中は、つい5分前まで見ていたスリランカとは別世界でした。蚊帳のない部屋、ダニのいないベッド、割れていない窓ガラス。テレビを付けると、CNNが遠い世界のニュースを流しています。ここが東京やニューヨークやロンドンだと言われても、まったく違和感がありません。

翌日、コロンボ在住の友人が、車で迎えにきてくれました。今夜の成田行きのフライトまで、買い物や食事につきあうために、仕事を休んでくれたのです。ベアフットという高級おみやげ店兼カフェ、オデルというスリランカ随一の高級ショッピングモール、そしてギャラリーカフェという有名建築家がデザインしたレストラン。特にオデルは、値段が日本の7割程度と、スリランカでは相当に高い店のはずですが、思ったよりも多くのスリランカ人が訪れていることが印象的でした。友人いわく、「うちのドライバーなんかは、中に入れてもらえないよ」。

コロンボの目抜き通りは、平日は車で大渋滞します。統計上は、高価な乗用車が道にあふれるほどの購買力はない、スリランカ人の富裕層は、相当な脱税をしている可能性が高い、と友人が車の中で話してくれました。この国の一部は、私が想像する以上にお金もちで、彼ら以外のスリランカ人との所得格差は、開く一方のように思えました。

私が各地を旅行している間に、友人宅では男の赤ちゃんが誕生していました。この暑い国で、たくましく育ってほしいものです。お姉ちゃんになった友人の長女に、「また遊びにきてください」と見送られて、帰国便に乗るために、夜の空港に向かいました。帰りの飛行機の中でも、私は何杯も何杯も、セイロン紅茶を飲みました。

おわり
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by sunaogoto | 2006-02-06 21:59