<   2006年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

スリランカ行7

日曜日と月曜日
日曜日は、海岸沿いにヒッカドゥアというビーチに向かいました。

ドライバーのアトラの酔いはもちろん醒めていて、「うちに泊まれ」の一言も口にしません。その代わりなのでしょうか、ウェリガマという町にある、彼の奥さんの実家に立ち寄りました。こじんまりとした家ですが、奥さんや5歳になる娘、それに近所の子供たちも集まって、賑やかに歓待してくれました。きっとこの家の一番の食器なのでしょう、きれいなティーカップで濃い、おいしいコーヒーをいれてくれました。

アトラは10年近く、観光客相手のドライバーをしているそうです。コロンボ近郷に自宅があるそうですが、この日はウェリガマを通ることがわかっていたため、奥さんと娘を呼び寄せていたそうです。いつも車で走り回っている夫、父と会うために、妻と娘は、年に何度も、コロンボとウェリガマを往復しているのでしょう。

目的地のヒッカドゥアを含めて、この日、通った地域は、スリランカの南西海岸部分です。1年前の津波は、スリランカの北東部を直撃した後、余波がぐるりと島の南端を回って、北西部をのぞく、ほぼすべての沿岸部に被害を与えたそうです。南西海岸では、あちらこちらに打ち捨てられた漁船や、壊れたままのホテルやレストランを見かけました。

ヒッカドゥアは、津波前までは、スリランカで一番人気のあるビーチリゾートだったそうです。しかし、夜にアントンと目抜き通りを歩くと、再開していないホテルや、お客がいなくて開店休業のレストランが多くありました。アントンと夕食をとったレストランでは、食材を仕入れていないのか、食べられるものが、サンドイッチとフルーツサラダくらいしかありませんでした。(別の賑わっているレストランには、何でもありましたが)。

月曜日は、アントンと近くの湖をぶらついたり、ビーチでのんびりしたりしました。舟を雇って、スノーケリングをすると、熱帯魚がたくさん泳いでおり、海はたいへんきれいですが、サンゴ礁は全滅していました。津波の前までは、一面のサンゴがさぞかしきれいだったことでしょう。

夕方、インド洋に沈む夕日を見物しようと、ベランダに座っていましたが、残念ながら入道雲が湧いてしまって、夕立になってしまいました。雨はやみましたが、雲が晴れないまま日が暮れ、薄暗くなって、海と空の境がどこにあるのかわからなくなる頃、水平線にずらりと漁船の灯りが並びます。遠くの空には、ときおり稲光が見えました。

2階の部屋は、海から10メートルほどしか離れておらず、蚊の侵入を防ぐために窓をしめきっていても、寝床から波の音がよく聞こえました。
[PR]
by sunaogoto | 2006-01-23 22:10

スリランカ行6

土曜日
この日は、アトラの運転が、もっとも価値を発揮しました。ヌワラエリヤの山間部を抜けて、スリランカ南端部にある、ヤーラというサファリに到達しました。私がバスや電車を使ってヤーラに行こうとしていたら、コロンボまで戻って、そこから海岸沿いにスリランカの4分の1近くを移動しなければならず、とても時間がなかったはずです。

サファリは、アントンにとって、スリランカ旅行の目玉でした。野生動物の好きなアントンは、ネパールやインドでもサファリをまわりましたが、あまり動物は見られなかったそうです。「ここにはヒョウがいるらしいよ。ヒョウが!」、「へえ、サファリって初めてだな」、「それでヒョウが見られたら、君は世界で一番ラッキーだよ」。

アトラが手配しておいてくれたジープ(運転手はアトラとは別の人)に乗って、サファリ内に入ると、そこは野生動物の王国でした。サル、野鳥、水牛、マングース、クジャク、シカ、ゾウ。特に広く開けた水飲み場では、水牛とシカたちが集まる沼に、遠くからゾウの群れがゆっくりと近づき、その前をクジャクのつがいが横切ります。

と、他のジープの連絡を聞いて、ドライバーが砂ぼこりを巻いておんぼろジープを飛ばします。着いた先には、ジープが5台ほどとまっており、みんな車から顔を突き出して(車から降りてはいけない)、一点を見つめています。日没間近の岩場のてっぺんに、待望のヒョウのシルエットが見えました。親子らしく、2つの頭が見えます。ときどきしっぽがひょっこり持ち上がったり、親ヒョウが立ち上がって全身を見せてくれる様子を、閉園時間ぎりぎりまで、静かに見守りました。

アントンは、ヒョウが見られてごきげんでした。私もたいへん楽しめたので、ジープのドライバーにチップをたくさんあげました。ドライバーも喜んでくれて、私たちにココナッツ焼酎をふるまってくれました。その後、ドライバーはアトラと一緒に、ほとんど空になった焼酎のビンを片手に、私とアントンが食事しているテーブルに乱入して、きました。ちょっと酔っ払っています。

ジープドライバー、「日本人にずっと世話になっている、おれもおれの家族も友だちも・・・。シィコウ(Seiko時計のことらしい)はいいなぁ。それシィコウ?(シチズンです)おれシィコウがほしいなぁ(だめです)。ねえねえ、あんたたち、今日見たけど、サファリに自家用車で入っちゃいけないんだよ、ジープだけしかいけないんだよ(となりのテーブルの観光客にからまないでください)」。

アトラも一緒になって、酔っ払っていました。「明日はビーチだけど、ホテルなんかに泊まらないで、おれの家に泊まるね。きまり!せまいけどさ・・・みんなでバーベキューして酒飲んで・・・ウヒヒヒ・・・シーフード好き?ホテルなしね。明日はおれんちね」。

日中のアトラは、時間にしっかりとした、腕のよいドライバーです。ジープのドライバーは、眼光鋭く、動物の姿を見つける、サファリの仕事人でした。しかし夜は2人とも、お酒に飲まれて見る影もありません。

私たちが乗ったジープは、植民地時代のイギリス軍のお古としか思えないような、おんぼろのランドローバーでした。ジープドライバーには、お酒をひかえて貯金して、早くもっとよいジープを買って、幸せになってほしいものです。
[PR]
by sunaogoto | 2006-01-17 23:01

スリランカ行5

金曜日
キャンディを出て、ヌワラエリヤという紅茶畑が広がる山岳地帯に向かいました。

ヌワラエリヤへの山道は、これまでの乾燥した強い陽ざしと一転して、霧雨に包まれています。せまいくねくねした上り坂は、閑散としていて、舗装工事の人夫の他は、ほとんど人影がありません。

山道を登りきったあたりにある、紅茶工場を見学しました。あたりは一面、紅茶畑が広がります。霧がたちこめる山奥は、紅茶を育てる環境として最適だそうです。見学した後に、無料で飲ませてもらった紅茶は、BOP(ブロークン・オレンジ・ペコー)という最高級品だそうです。美味でした。

紅茶の若葉(「ペコー」といいます)はすべて手で摘まれ、摘み手の多くは、スリランカの少数派であるタミル人、その中でもイギリス人によってインドからつれてこられた、インド・タミル人と呼ばれる人たちが多いそうです。インド・タミル人は、過去のいきさつから、今でも国籍が与えられないという問題を抱える上に、社会的地位や収入の面で、スリランカの最下層に位置するようです。

紅茶畑の中に、ぽつりぽつりと、おそらくは摘み手の人たちの住居なのでしょう、文字通りの掘っ立て小屋が見えます。コロンボや、インドのデリーの鉄道脇のスラムと同じくらい、みすぼらしい小屋でした。

紅茶工場や、道路工事の仕事につけなければ、きっと仕事などまったくないでしょう。道路脇では、新鮮そうな野菜を売るスタンドがところどころありますが、一体誰が買うのかと思うほど、人影がありません。霧が立ち込める山奥は、世界に誇るセイロン紅茶の産地としては最適ですが、野菜売りたちはたいへん寒そうでした。

スリランカで子供のこじきに会ったのは、ここだけでした。お金の意味などわかりそうにない小さな子供たちが、「ギブミー・マネー、プリーズ、プリーズ!」と駆け寄ってくるのです。大人も同様です。彼らには、観光客をカモにするだけの余裕も知恵もありません。本当の貧者とは、祈ったり、他者に頼ったりする他、生きる道のない存在だと知りました。

紅茶の山を降りて、ヌワラエリヤの町に宿をとりました。昔はイギリス人の知事のお屋敷だったらしく、派手ではありませんが、内装や調度品はしっかりしています。町を歩くと、毛糸の帽子やマフラーで厚着をした人が多く、お店には冬服が並んでいました。

宿のがらんとしたダイニングルームで、アントンが衝撃の告白をしてくれました。「いやー、(運転手の)アトラの英語って、ぼくは30%くらいしか聞き取れないんだよね」、「ええっ?だってアントンは、アトラと会話がはずんでいるじゃない」、「理解できたフリをしているだけ。ほとんどわからなくって・・・。ひとりだと間がもたなくって困ってたんだ。だからといって、今になって(いつもアントンが座っている助手席から)後ろの席に動くのも妙な気がして・・・」。

人の好いアントン、かわいそうなアントン。私は大笑いするとともに、自分の便乗が、アントンの旅に少しは貢献していることがわかって、ほっとして、ますます大笑いしてしまいました。
[PR]
by sunaogoto | 2006-01-10 21:49

スリランカ行4

木曜日
この日は、ポロンナルワを出て、シーギリヤとダンブッラという遺跡を見学し、キャンディという古都に向かいました。アントンの車のおかげで、アヌラーダプラを出てから、たったの2日間で、文化三角地帯を見終えることができました。

シーギリヤは、ねたみぶかい臣下にそそのかされて、父親である王を殺した古代アヌラーダブラの王子が、弟の復讐をおそれてたてこもった岩山の要塞です。高さ200メートルの、まるで隕石のような岩山は堅固そのものですが、要塞の一部は妖精をえがいた壁画でおおわれ(今はほとんど残っていませんが)、岩山の前には、水でおおわれた豪華な庭園があるなど、要塞とは対照的な美的感覚が印象的でした。また、岩山の頂上にある宮殿まで、200メートル下を流れる川から水を汲み上げる技術力もあったそうです。

シーギリヤの王子は、結局、弟に殺されました。愚か者の王子のくせに、たいしたセンスと技術力です。

続いて、ダンブッラは岩山の地形を利用した、岩窟の仏院でした。ひんやりとした、それぞれの仏院の中には、いくつものブッダがならび、天井の岩壁は、ブッダや仏教に関する壁画でおおわれています。

スリランカでは、ブッダの像や絵をバックにした、人物の写真をとることはタブーです。写真に写る人が、ブッダに背を向けて、記念撮影することになるからです。ダンブッラでは以前に、観光客が、背をブッダ像に向け、ブッダ像の掌に座って記念撮影をしたことが、大問題になったそうです。仏院のひとつに、際立ってぴかぴかのブッダがありました。きっとこれです。観光客に冒瀆されたブッダ像は、法力が失われたため、色を塗りなおしたそうですから。

ダンブッラからキャンディに向かう途中で、アトラはハーブ農園に車をとめました。どうやら、アントンの観光コースに入っているようです。農園主から、植えてあるハーブについて一通り説明を受け終え、おまちかねのハーブの展示販売です。私が、肌に良いとされるサンダル・ウッドのクリームを物色していると、農園主が、「これも買って、小びんで良いから。あなた必要ですよ、これ。45日間使えば、100%髪が生える。遅くないですよ」。その名もキング・ココナッツ・オイル。値切って話がまとまったところで、アントンを見ると、その手には、キング・ココナッツ・オイルの大びんが。「ぼくも抜け毛が気になるんだよね。。。」。

キャンディでは、この旅行でナンバー3のホテルに泊まりました(ナンバー2はコロンボで友人が手配してくれた高級ホテル)。部屋の設備もよいのですが、従業員の折り目正しさに、金を払ってこそ受けられる安心感を感じました。

キャンディは、イギリスに支配されるまでの、最後のスリランカ王国があった古都です。コロンボから、車や電車のアクセスが良いこともあり、他の地域に比べて、外国人観光客を多く目にしました。夕方、見物したキャンディ舞踊や、ホテルのブッフェ・レストランは、外国人でいっぱいです。

いかにも観光客向けのショーやホテルは、本来バックパッカーであるアントンにとって不本意なようでしたが、これまでの行程で、スリランカがすっかり気に入ったようです。「自然は豊かだし、人はやさしいし、すごくよいね」、「キング・ココナッツ・オイルもあるぞ」、「そうそう、あれが本当に効いたら、スリランカに永住したくなるかもね」。
[PR]
by sunaogoto | 2006-01-04 21:38