奇跡づくり

テレビを観て思ったこと。
先日、テレビ東京の「美の巨人」という番組で、木村伊兵衛という写真家の作品が紹介されていました。この写真家は、日常の何気ない風景をとらえる名人で、被写体の人物に、写真に撮られるという意識をもたせずにシャッターを切れたそうです。

番組が特にとりあげた作品は、東京の五叉路を歩く、12人の写真です。12人の視線が、ひとつとしてお互いに交わっていない点が、「日常的」なのだそうです。

混み合った通勤電車の中でも、人々の視線は交差しません。これだけたくさんの人がせまい空間の中にいるのに、不自然なことだと私は思っていましたが、むしろ視線が合わないことが自然なようです。木村名人の作品が撮られた1953年当時から、この自然さは不変なのです。

その一方でテレビは、高視聴率をめざして、なるべく多くの視線を1ヶ所に集めようと必死です。出演者がオピニオンリーダーのように振る舞う一部の番組では、視聴者の視線を集めるだけではなく、その意見や考え方まで、ひとつにまとめようとしているように思えます。

漫画「マスターキートン」の一話に、奇跡を信じる牧師の、「人間はおたがいに何を考えているか本当にはわからない。複数の人間がまったく同じことを感じるためには、奇跡を見るしかない」というせりふがあります。

現代のテレビ番組の一部は、相も変わらず視線の交差しない日常の中で、人々の目も心もひとつにまとめようとする、奇跡づくりの試みなのだと思います。

なお、木村伊兵衛の撮った五叉路に、私は行ったことがあります。五叉路の奥に、おいしい十割そばを出すそば屋があるのです。
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by sunaogoto | 2005-10-11 22:41